東京高等裁判所 昭和47年(う)981号 判決 1975年3月27日
主文
一、原判決中、被告人岡本金市、同揚場寛夫、同沢田修、同野上勇次、同小久保浩、同佐藤守一に関する部分を破棄する。
二、被告人岡本金市を懲役一年四月に処する。
原審における未決勾留日数中二五〇日を右の本刑に算入する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
三、被告人揚場寛夫を懲役一年六月に処する。
原審における未決勾留日数中三二〇日を右の本刑に算入する。
四、被告人沢田修を懲役一年四月に処する。
原審における未決勾留日数中二四〇日を右の本刑に算入する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
五、被告人野上勇次を懲役一年四月に処する。
原審における未決勾留日数中二〇〇日を右の本刑に算入する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
六、被告人小久保浩を懲役一年二月に処する。
原審における未決勾留日数中二一〇日を右の本刑に算入する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
七、被告人佐藤守一を懲役一年に処する。
原審における未決勾留日数中二一〇日を右の本刑に算入する。
八、被告人貞内美千夫、同杉浦徹の本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人ら及び弁護人らのそれぞれ連名による作成名義の各控訴趣意書並びに主任弁護人太田惺及び弁護人野村政幸作成の各控訴趣意補充書に記載してあるとおりであり(ただし、弁護人らの控訴趣意第一二点は撤回した。)、弁護人の控訴趣意に対する答弁は、検察官沖永裕作成の答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。
弁護人らの控訴趣意書第一点及び第二点並びに被告人らの控訴趣意第二点ないし第五点について。
論旨は要するに、(1)原審は、国選弁護人が辞任届を提出し、公判期日に出廷しないままで実質審理をした点において、憲法三七条三項、刑訴法三六条の解釈を誤り、被告人らに弁護人の実質的かつ有効な弁護を受ける権利を失わせた重大な訴訟手続の法令違反がある。(2)仮に、国選弁護人の地位が消滅するには裁判所の解任行為が必要であると解するとしても、本件において原審が辞任届を提出している国選弁護人を解任しなかつたのは違法である。(3)また原審が、辞任届を提出した国選弁護人について辞任理由を調査し、被告人に不利益な事実を国選弁護人に陳述させたことは違法である。以上の各点において、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。
そこで記録を調査して検討すると、原審において選任せられた平野静雄、山本栄輝、松田奎吾及び富永赳夫の各国選弁護人は、昭和四六年三月一五日の第五回公判期日を経過した同月二九日に原審に対し辞任届を提出したのであるが、原審は辞任の理由について事実の取調をしたうえ、右の辞任には正当な理由が認められないので解任しない旨を弁護人及び被告人らに告知し、同年四月一五日の第六回公判期日以後は、弁護人不出廷のまま実質審理を行ない、判決に至つたこと、並びに前記の国選弁護人が辞任届を提出するに至つた前後の原審における審理の経過は、原判決が「本件の審理経過と国選弁護人の不出頭問題について」と題する部分で説示しているとおりであることが認められる。
ところで、現行制度の下においては、裁判所によつて選任せられた国選弁護人は、裁判所の解任行為によらなければ、原則としてその地位が消滅することはなく、また正当な理由がなければ辞任の申出をすることができないものであつて(弁護士法二四条参照)、しかもその正当理由の有無の判断は、選解任権を有する裁判所がすべきものと解せられる。所論は、国選弁護人の地位は、被告人のために結ばれる裁判所と弁護人との間の公法上の契約によつて発生すると解すべきであり、その地位の消滅もまた原則として弁護人の辞任によつて発生し、正当理由の有無の判断は当該弁護人においてすべきものであつて、裁判所が立入つて調査すべきものではない旨主張するが、いずれも独自の見解であつて採用できない。
そして、原審が辞任届を提出した前記の各国選弁護人につき辞任の理由について調査した結果及び記録によつて認められる本件の審理経過等を総合すれば次のことが認められる。すなわち、原審において、被告人らはあくまで統一公判ないしこれに代るべき形態の審理方式をとることを裁判所に要求し、原審のとつたグループ別審理をはじめ公判運営上の措置に服しようとせず、弁護人らの弁護活動に対しても不満をいだいて不信頼の意思を表明した。それで右弁護人らとしては、被告人らの右の要求を実現させえないのに、なおその任に留まるならば、被告人らの希望しない形における裁判の進行に協力することになるので、それでは結局被告人に対する敵対行為になるとして、裁判所に対して辞任を申出たのであつた。
しかしながら、審理方式等の決定は、元来裁判所の権限に属することがらであり、その他の訴訟手続についても、裁判所の判断が示された以上、当事者に不満があつても、法律上の不服申立方法によらない限り、それに従つて次の手続に進まなければならないことは、いうまでもないところである。ところが、記録によれば、原審がこの点に関し再三にわたつて被告人らに注意を与えたにも拘らず、被告人らは、法廷において際限もなく同趣旨の議論をくりかえし、また国選弁護人らに対しても、原審裁判長の訴訟指揮に従つて法廷に留まつた弁護人らの行動等を微温的であるとして強く非難し、その結果国選弁護人を辞任せざるを得ない状況に追い込み、原審がとつたグループ別審理方式及びその他の公判運営上の措置を不満として、そのような形態による審理をあくまで阻止しようとしたことが認められる。
以上のような諸事情にかんがみると、前記国選弁護人らの辞任の申出に正当な理由が認められないとしてこれを解任しなかつた原審の措置に、所論のような違法があると認めることはできない。また国選弁護人が辞任届を提出し、出廷しなかつたのは、被告人らの責に帰すべき事由によるもので、それによつて生ずる不利益は被告人らがみずから甘受せざるを得ないものとして、弁護人不出廷のまま実質審理を行ない判決するに至つた原審の措置は、必要的弁護事件でない本件においては、やむをえなかつたというほかはない。すなわち、被告人らが、原審のとつたグループ別審理方式をはじめその他の公判運営上の措置を不満として、そのような形態による裁判の進行をあくまで阻止しようとして、国選弁護人らを辞任せざるを得ない状況に追い込み、その結果弁護人らが出廷しなくなつたとしても、それは被告人らがみずから望んだところと言わざるをえない。したがつて、このような事情の下において、原審が弁護人不出廷のままで審理判決したからといつて、被告人の弁護人依頼権の保障を無視した措置があるということはできない。
記録を精査しても、所論のように、原審が強権的な訴訟指揮をし、そのために国選弁護人が辞任するに至つたものとは認めることができず、所論にかんがみ、さらに記録を検討し、当審における事実取調の結果を併せ検討しても、右の結論を覆えすことはできない。
なお、国選弁護人のした辞任の申出に正当な理由があるか否かは、裁判所において判断すべきものである以上、裁判所がその辞任理由について調査をすることはその職務に属するところであり、また必要に応じて、辞任の申出をした国選弁護人から直接その辞任理由を聴取しうることも当然のことである。記録によれば、原審が国選弁護人に直接面接して行つた事実の取調は、右の目的のため必要な限度において、事件の実体に関しない事項について行なわれたものであり、国選弁護人が職務上知り得た事件の秘密等については何ら触れなかつたことが明らかである。また右の事実取調の結果判明した事情も原審が量刑の資料とした形跡も認められないから、原審がした右の事実取調に、所論のような違法があるということはできない。
以上のいずれの点においても、原審のとつた措置に所論のような違憲、違法の点があるとは認めることができない。そこで論旨は、いずれも理由がない。
弁護人らの控訴趣意第三点について。
論旨は要するに、原審は、私選弁護人がいずれも辞任届を提出し、かつ被告人らから国選弁護人の選任が請求されていたにも拘らず、第一回公判期日に関する限り右辞任は効力がないとして、弁護人不在のまま開廷し、審理を行なつた点において、憲法三七条三項、刑訴法三六条に違反し、被告人らをして弁護人の実質的かつ有効な弁護を受ける権利を失わせた重大な訴訟手続の法令違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
そこで検討すると、本件においては、当初被告人全員につき三名の私選弁護人(斉藤浩二、小長井良浩、葉山岳夫)が選任され、なお一部の被告人に対し水嶋幸子及び神山美智子の各私選弁護人が選任せられていたところ、昭和四五年六月一二日の第一回公判期日の直前である同月一〇日から右公判期日の当日までに、前記五名の私選弁護人が特段の理由を示すことなく相次いで全員辞任届を提出し、他方被告人らは、右公判期日の直前日である同月一一日(一部の被告人は同月一二日)に国選弁護人選任請求書を提出したのである。これに対して原審は、原判決中「本件の審理経過と国選弁護人の不出頭問題について」と題する説示部分の三項に掲げているような理由によつて、公判期日が切迫しているのに正当な理由なく行なつた弁護人の辞任は、右公判期日が終了するまではその効力を生じないものと解して、弁護人不出廷のまま第一回公判期日を開き、人定質問に代るべき手続を行ない、なお起訴状朗読までの手続を行なつたことが記録上明らかである。
ところで、公判期日が切迫した時期において、正当な理由がなく弁護人を解任するようなことは、訴訟の進行に著しい支障を来たし、訴訟関係人に多大の迷惑を及ぼすこと等を考えれば弁護人の職責上許されるべきことではない。しかし、そうであるからといつて、弁護人不在のまま公判審理を行なうことが訴訟法上許されるか否かは、被告人の弁護人選任権の観点から、また別個の考察を必要とすることである。すなわち、右の辞任が、訴訟の進行を妨げるためにされたものでかつその弁護人を選任した被告人の責に帰すべき事由によるものといえるかどうか、弁護人不在による訴訟上の不利益を被告人に帰せしめてよいかどうか、その公判期日にはいかなる手続を行なおうとするのか等について慎重に検討したうえで、決定しなければならない。
ところが本件においては、記録によれば、弁護人らが前記のように第一回公判期日が切迫した時期に辞任したことは、被告人らの主張する審理方式に関するいわゆる統一公判の要求を貫徹し、原審が行なおうとしていたグループ別の審理を阻止するために、被告人らと通じてとつた手段ではないかと見られてもやむを得ない事情が認められる。そればかりでなく、本件が必要的弁護事件ではないこと、弁護人不在のままで行われた公判手続が、人定質問に代るべき手続と起訴状の朗読だけであり、実質審理は行われなかつたこと、さらに国選弁護人が後に選任せられ、その後公判期日に裁判官の交代による公判手続の更新が行われていることが認められるので、これ等の事情をあわせ考えると、原審の手続には、所論の指摘する判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるとは認めることができない。それで論旨は、理由がない。<後略>
(浦辺衛 環直彌 内匠和彦)